日本語の入国管理、外国人受け入れ、日本語試験の経緯と現状をまとめました。
1953年「インドネシア政府派遣技術研修生」
1953年に「インドネシア政府派遣技術研修生」が60名来日したようです。以下のものが参考になります。
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/repository/81009477.pdf
1983年「留学生受入れ10万人計画」
1983年に「留学生受入れ10万人計画」が発表されました。これは中曽根首相によって行われたもので、2003年に達成されました。
「留学生受入れ10万人計画」においては、留学生は大学卒業後、母国へ帰国することが前提です。高度人材として日本で働く事などは前提とされていません。
1984年「日本語能力試験」
1984年に「日本語能力試験」が開始しました。
日本語能力試験を実施している団体は「国際交流基金(海外)」と「日本国際教育支援協会(JEES)(国内)」です。
日本語能力試験の特徴は以下です。
- 日本国内より海外で受ける人のほうが多い。
- 未成年でも受けられる(小学生から社会人まで。年齢は関係ない)。
- 全てマークシート。
- 点字冊子もある。
- 2010年に改訂され「N3」が新設される。
- 尺度得点(いつの試験を受験したかにかかわらず、常に同一の基準の下で日
本語能力を測定することが可能)。 - 高度人材ポイント制の加点対象(N1とN2に合格/参考:http://www.immi-moj.go.jp/newimmiact_3/pdf/h29_06_nihongo-nouryoku.pdf)。
また、ほかの日本語に関連した試験として、「BJTビジネス日本語能力テスト」「日本留学試験」があります。
1988年「日本語教育能力検定試験」
1988年に「日本語教育能力検定試験」が開始しました。
1990年「外国人研修制度」
1990年に「外国人研修制度」が発足しました。中小企業への研修生の受入れが可能になりました。
1990年「入管法改正」
1990年に「入管法」が改正されました。その特徴は以下です。
- 在留資格「定住者」の創設
- 日系3世まで就労可能(ポルトガル語、スペイン度児童が増加)
- 専門的技術的労働者と単純労働者に分ける
1993年「技能実習制度」
1993年に「技能実習制度」が発足しました。研修生は研修後、技能検定に合格すると受入れ企業と雇用契約を結び、最長2年間技能実習生として実地訓練が受けられるようになりました。
2002年「日本留学試験」
2002年に「日本留学試験」が開始しました。この試験の結果を利用して、来日前に入学許可を行う大学もあります。
2007年「アジア人材資金構想」
アジア人材資金構想は、企業と大学が一体となって、留学生の募集から教育、就職までを支援するという構想です。
「アジア人財資金構想」は、就職までの過程を念頭に置いた日本における初めての留学生支援事業です。留学生が日系企業に就職し、活躍する際に壁となってきた「ビジネス日本語」や「日本企業文化」について、学習の機会を提供するとともに、インターンシップの実施、各種就職支援などにより、留学生に対して、就職を見据えた一貫したサポートを行いました。
2008年「留学生30万人計画」→達成済み
2008年に「留学生30万人計画」が発表されました。福田首相によって行われました。2020年までに留学生を30万人にする計画です。
留学生30万人計画においては、卒業後は「高度人材」として日本企業に就職し定住する優れた留学生を獲得するという目標もありました。
その点で、卒業後は母国に帰国するのが前提の「留学生10万人計画」とは異なります。
ちなみに、2016年(平成28年度)で、留学生数は「23万9287人」です。30万人に届くのでしょうか。
*追記:2019年5月1日時点で外国人留学生が31万2214人となり、留学生30万人計画は達成されています。
2010年「「留学」の在留資格へと一本化」
2010年に、在留資格「留学」と「就学」の区分がなくされ、「留学」の在留資格に一本化されました。
2012年「高度人材ポイント制」
2019年4月「改正入管法」
新たに、「特定技能1号」と「特定技能2号」という在留資格ができます。これまでは高度の技能を有する外国人が受け入れ対象でしたが、今回の改正で単純労働にも門戸を広げる形になります。
「特定技能1号」資格は、技能実習資格で3年以上の実習を経験した人を対象にしたものです。最長5年間の滞在が認められます。対象職種は、介護、農業、建設、宿泊業など14業種です。家族の帯同は認められません。
「特定技能2号」資格は、さらに技能の高い人を対象にしたものです。こちらは滞在期間の更新が可能です。また、家族の帯同も認められています。
以下の記事も参考になります。